東本願寺の「音景」第1回

掲載日:2024/10/10 17:28 カテゴリー:メイン

朝の境内
行間の調整例


本連載では、東本願寺にまつわる様々な音の風景を紹介していく。東本願寺と聞いて思い浮かぶのは、壮大な木造建築のお堂や立派な門、広い境内であろう。そうした視覚的なイメージから少し離れて、音の世界に焦点を当ててみると、東本願寺のどのような姿が見えて(聴こえて)くるだろうか? この連載は東本願寺とその文化を支える人々を対象におこなったフィールドワークをもとに、注目されることの少ない音風景の一端を紹介しようとするものである。第一回となる今回は東本願寺の朝の日常の音風景をお届けする。

第1回 朝の音景


行間の調整例


〈録音リスト〉

 1. 梵鐘 3:28


 2. 開門 1:56


 3. 漢音阿弥陀経(晨朝 於阿弥陀堂) 2:18


 4. 正信偈(晨朝 於御影堂) 4:33


時刻は4時30分、東本願寺の境内地南東にある鐘楼の前に録音機材をセットし、早朝の鐘が撞かれるのを待つ。6月初旬の空は既に明るく、朝のしんとした空気の中にスズメやカラスの声が響く。この鐘は教如上人が1604年(慶長9年)に御影堂を造営した際に併せて鋳造された「慶長撞鐘」(現在は阿弥陀堂門を入った右手に展示されている)の意匠を模倣して、2010年におよそ400年ぶりに新調されたものである。朝のお勤め(晨朝)の合図として、春・秋は5時20分、夏は4時50分、冬は5時50分に撞かれる。この時は鐘楼が修復工事中であったため、鐘の姿は外からは見えなかった(写真A)。

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4時50分に最初の鐘が撞かれる。「ゴオオーン」という、うなりを伴う大きな衝撃音の後に長い余韻が続く(録音❶)。その音色から鐘の大きさや重厚さが感じられる。その後、1分間隔で、全部で11回撞かれた(9回目と10回目のみ連続して撞く)。よく聴くと鐘の音は毎回わずかながら音色が異なり、打音の直前に耳を凝らすと撞木の手綱を引くギリギリという音も聞こえてくる。鐘楼から出てきた方にお話を伺った。この鐘は、当日宿直している仲番さんと呼ばれる役職の方が毎日交代で撞いているそうだ。仲番さんは、お堂の参詣席の掃除や唐戸(お堂の扉)の開閉もしている。鐘を撞くときは、遠くまで音が届くように、力強く撞くことを心がけているという。

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次は朝の開門の様子を収録することにした(録音❷)。開門時間は、3月~10月は5時50分、11月~2月は6時20分である。東本願寺には御影堂門と阿弥陀堂門という2つの門がある。今回収録した御影堂門は1911年に再建された大規模な二重門で、精巧な彫刻や錺金具などで装飾された雄大な門である(写真B)。開門時間になると3人の巡監さんが門のかんぬきを開けて扉を開ける。ぎーという音を立てて門が開く。同時に空間がぱっと開けて外の交通音が耳に飛び込んでくる。早速、最初の参拝者が入ってきて、砂利道を歩くザッザッという音、「おはようございまーす」と呼びかける巡監さんの元気な声が聞こえる。一日の始まりの音である。

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朝のお勤め(晨朝)は毎朝7時から阿弥陀堂と御影堂で続けて行われる。誰でも参拝することができるため、毎朝お参りしている「常連」の方もおられるとのこと。まず阿弥陀堂で行われる漢音阿弥陀経の読誦を録音したが、これが素晴らしかった(録音❸、写真C)。個々の読誦が重なり合って言葉の意味が溶解し、うねりを伴う波のように押し寄せてくる。私が想起したのは、台湾のブヌン族の合唱や前衛音楽の巨匠フィル・ニブロックのドローンミュージックである。そうした「音楽」にも通じるミニマルだが力強いグルーヴ感やハーモニーを感じた。読経は実質1分半ほどと短く、もっと聴いていたい気持ちになった。次に御影堂で「正信偈」「念仏」「和讃」が読誦される(録音❹)。先ほどとは異なりこちらは言葉(偈文)として認識できる。近くに座っている熱心な参拝者が一緒に読んでいる声が聞こえる。僧侶はほとんどが男性のため低い声が大勢を占めているが、たまたまこの日は一人女性の僧侶の方がいたため、その少し高い声が良い意味でアクセントになっているように感じられた。こちらの勤行はたっぷり20分以上あり、その後、法話へと続いた。
東本願寺の朝の音風景はこの日初めて体験したが、その時間ならではの雰囲気や空気感があり、新鮮で清々しい気持ちになった。是非一度は早起きして体験してみることをお勧めする。

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